2013/07/06

よなら世界 06






  taz人はPAL人を心の底から軽蔑しているが、同時に憧れも抱いている。


  なぜなら彼らは、かつて自分たちを支配していた絶対的な存在だからだ。
  彼らの特徴を支配階級の特徴として認識し、taz人はいつのまにかその特徴を備えた人間に魅力を感じるようになった。

(反吐がでるな)

  taz人の大多数が魅力的だと感じる人間は、PAL人の身体的特徴を備えていることが多い。
  taz側の人々は自分たちの美意識すらPAL側に支配されていることに気づいていたが、一度培われてしまった感覚はそう簡単には変わらない。
  それはナナも同じだった。

(一瞬でも見惚れたなんて、最悪だ)

「先に入れ」

  指示すると、PALの男は大人しく破損部分から船内に入った。
  近づくと、ナナよりも随分と背が低いことが分かる。
  少なくとも頭一つ分は小さい。
  小麦色の肌はPAL特有のもので、ついでに言えばナナよりも低い身長や青色の瞳、真っ黒の髪は典型的なPAL人の特徴だった。

(例の”作られた人間”かもしれないな)

  星々の交流が盛んになった現代において、純血は貴重だ。
  その血を守るために、PALでは計画的な人工授精が行われていると、ナナは聞いたことがあった。
  選び抜かれた純潔のPAL人の精子と卵子を機械で受精させ、培養液の中で育む。十月十日後には、そこから取り出して保育器の中に入れる。
  愛無く作られ、両親の顔も知らず、母親の腕に抱かれたこともなく、名前すら機械に与えられ、無機質な保育器の中で人に触れられずに育まれた遺伝的な欠陥を持たない人間を、PALでは”叡智の子”と呼ぶらしい。
  
(何が叡智だ。そんなのは自然の摂理に反している)

  計算して作られた、外見に見惚れるなんてどうかしている。

  ナナは一瞬でも眼を奪われたことを恥じ、銃の照準をPALの男に合わせたまま自分も船の内側に足を踏み入れた。

「こっちも酷いな」

  成人男性にしては目が大きく、声も男にしては高い。
  これで喉仏がなければ、一見しただけでは性別を判断できなかっただろう。

「で、どっちに行けばいい?」
「右に進め」
「はい、っと。うわ、ここ、火花散ってんな」

  小柄なせいか、動きは軽快だった。
  猫のようにしなやかな足取りで、突き出たパイプや、火花を散らすコードを避けている。
  
  ふと、ナナは彼のような典型的なPALの特徴を全て兼ね備えた男がtazにいたら、女性達が群がるだろうと想像した。
  肩幅や頭の小ささには見合わない、少し太めの首筋の頸椎に照準を合わせていると、不意に男が振り返る。

「電波は何を使ってる?」
「IAF規格の2001だ」
「フォボスとは違う型だな。尚更試してみる価値はありそうだ」
「フォボス?」
「人工知能が搭載されたPALの機械だよ。PALの警備兵は全員それを使ってる。銃をしまってくれたら、後で見せるよ」

  話しながらも歩みを止めず、ナナが指示を出さなくとも男は迷いなく機械室に進む。
  ナナはドアを開けるように命じて、先に男を入らせた。
  廊下から、銃口をポイントしたままでいたが、標的は気にした様子もない。
  男は戸惑うこともなく、幾つもあるコードやケーブルを掻き分けて、奥のパネルを外す。
  説明せずとも、どれが通信用の器材なのか分かっている様子だった。

(ますます油断ができないな)

  軍の兵器や船はそれぞれの星独自の造りになっている。
  設計図も機密文書扱いだ。
  なのに、男は最初から何がどこにあるのかを完璧に把握しているようだった。

「スパイでもやっていたのか?」
「どの船も似たようなもんだろ?」

  ナナが何を疑問に思っているのか分かっているのか、男は気負いもなくそう答えると、通信機能を回復させた。

『ザザ…ザザ……ザ』

  雑音が聞こえた瞬間、ナナは思わず声を漏らしそうになった。
  未だかつてノイズを聞いてこれほど嬉しく思ったことはなかった。
  惜しむらくは、それを動かしているのが敵星の人間だということだ。

「とりあえず、ノット1から試してみる」

  男はそういうと、真剣な顔つきで操作を行った。

  ノットのメモリは20まである。
  ノットは簡単に言えば、デシベルと同じで電磁波の加速度や音圧に関する単位だ。
  ノットが大きくなれば、より広範囲に早い速度で安定した情報を送受信できる。

  通常なら、使用可能な範囲で最適なノットを機械が自動的に選別するのだが、今回はそれを手動で行う必要がある。
  ナナは銃は構えたまま、彼の動作を注意深く見守った。

  男はしばらく機械の前で色々なスイッチを弄って試していたが、ノット20までいくと、嘆息して首を振る。

  ノット2以降はノイズの音すらしなかったので、ナナにも通信機が役に立たないと分かった。

「たぶん、ノット2から3までの範囲に電波を遮断する物質があるんだろうな」

  男は頭を掻きながら、それでも未練がましくアンテナの向きを調整する。
  可能性として考えられるものはたくさんあった。

  例えば雲だ。
  雲といっても、勿論水蒸気で出来たものではない。
  宇宙空間における雲とは、高濃度のガスだ。

  もしくはブラックホールやワームホール。
  巨大な電波パルサーがあっても、電波は遮断される。
  先程二人を吐き出したワームホールが、まだ近くにある可能性は充分にあった。

「つまり、救助は呼べないのか」

(それならこいつを生かしておく価値はない)

  誓いを破るつもりはなかったが銃を構え直すと、目の前の男は慌てたように「待ってくれよ、一応ノット2までは可能なんだ。その範囲内にはシグナルを出せる」と弁解する。

「その範囲に知的生命体がいる星があるのか?」
「ないけど……巡回船が通ったときに電波をキャッチできる。それに、俺はワームホールに吸い込まれる前に救難信号を出してる。もし仲間が来たときに、俺が殺されてたら、仲間はあんたを助けないと思うぞ」
「本当に仲間が来ると思ってるのか?  ワームホールの入口も出口も、発生場所は特定できない。ここを探し出せるわけがないだろう?」

  PAL人が焦っていることに優越感を覚えて、照準を胸元から額に移す。

  すると男は先程まで慌てていたのが嘘のように、真剣な表情をした。

  その射抜くような眼差しに、体が竦みそうになる。

「”taz人は野蛮で卑劣だ”」

  男は酷く冷たい顔でそう言った。
  かつて支配されていた頃、PAL人はtaz人を”卑劣な蛮人”と蔑んでいた。

  一瞬にして、ナナの胸に怒りが満ちる。
  殺す気はなかったが、今は引き金を引かない理由が見つからなかった。

  ナナは激情のままに銃弾を無防備な体に撃ち込もうしたが、いざとなると指は動かない。
  人を殺したことなんて、今まで一度もないのだから、当然だ。
  訓練と威嚇以外で、銃を撃ったこともない。
  ミサイルで敵の船を破壊することを夢みてきたが、銃で相手の肉体を直接攻撃するシミュレーションはしてこなかった。
  緊張で、指先が震えそうになる。
  
「お前等PAL人はケダモノだ。ただの畜生だ。それに比べて、俺達は気高い」

  人を殺すことに臆している自分を鼓舞するためにそう言った。

「あんたはtaz人が気高いと本気で思ってるのか?」
「ああ」

  今度こそ、引き金を引こうとした。

「なら証明しろ。言葉だけじゃなく、行動で。誓いを破るな」

  強い視線を向けられて、息が止まる。

「それとも、俺を撃ち殺して”野蛮で卑劣”だってことを証明するのか? 目的を達成した後に誓いを破るのがお前達のやり方なら、そう呼ばれても仕方がないだろ?」
  
  男の目は青色というよりも、水色に近い。
  よく晴れた正午の空の色だ。
  先程までの態度とは違い、丸腰にもかかわらず、堂々としていた。
  まるで銃を向けられることにも、命の交渉をすることにも慣れているようだった。

  説得されるのは癪だったが、確か”野蛮で卑劣”ではないと否定するために取れる行動は限られている。


  ナナが引き金から指を離すと、男はあからさまに肩の力を抜く。


「お互い、色々あるけど、ひとまずは協力してここで生き抜こうぜ」
「調子に乗るな。誰がPALの奴等なんかと」
「だから、政治的問題は忘れろって。いや、話したいなら話してもいいけどな。どうせ時間はたっぷりありそうだし。でもその前に、これからしばらく一緒に生活するんだから、お互いの名前を知るところから初めようぜ」
「俺はお前と仲良くする気なんてない。用が済んだなら、さっさと出ていけ」
「お前じゃなくて、カナンだ。そっちは?」
「仲良くする気はないと言っただろ」
「これから先ずっとtaz人って呼ばれたいのか?」
「お前が俺を呼ぶ必要はない。二度と俺とこの船に近づくな」

  カナンは頭を掻くと「この星で、一人どうやって生きていくつもりだよ」と言った。

「食える植物や生き物が判断できるのか?  空気中や水の有害物質をパーセンテージで分析できるか?  あんたの船にある物は殆ど使い物にならないみたいだけどな」

  その通りだ。
  船の分析装置は動かない。
  先程、通信機能を確認するときに、正確な星の位置を割り出すために、メインコンピューターを起動させようとしたが、一度派手な起動音を立てた後は沈黙したきりだ。
  一ヶ月分程の食料が入っていた船底の倉庫は、大破している。


  そして、救助が来るまでには時間がかかる。


「フォボスを使えば、分析できる」

  そのフォボスを銃で奪い取ることも考えたが、先程のカナンの”証明しろ”という台詞を思いだして、舌打ちをする。

「助け合おうぜ、お互い。そっちは寝床を提供する。こっちはフォボスで得た知識を提供する」

  感情ではカナンの提案をはね除けてしまいたかったが、理性は協力し合うべきだと告げていた。
  もしも相手がPAL人でなければ、むしろナナの方から協力を提案していただろう。

「それで……そっちの名前は?」

  ナナはたっぷり時間をかけて考えた。
  名乗れば協力関係を了承することになる。
  生まれてからずっと憎しみ抜いてきた星の人間と簡単に手を組むことはできない。

  しかし。

  もう一度カナンの顔をじっくり眺めた。
  返事を催促することもなく、ナナが答えを出すのをじっと待っている。


「ナナ」


  観念したようにナナが自分の名前を告げると、カナンは口元に笑みを浮かべ、さっそく今後のことを提案してきた。



「よろしくナナ。これから食料を探したり、この火花が散る船を快適な寝床に直したり、すべきことはたくさんあるけど、とりあえず銃を下ろすところから始めようぜ」








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