2013/05/24

よなら世界 05


  反射的にカナンは体を反らした。
  尖った切っ先が風切り音を立てて、ヘルメットを掠める。
  男は機敏な動作で脱出用のポッドから降りると、距離を取った。

「あっぶね、これだから……tazは」

  以前tazでもPALでもない星で、旅行中のtaz星人と遭遇したときにも揉めた事を思い出し、カナンは彼らの好戦的な性格に辟易とする。
  無駄のない動きは、彼が優秀な軍人である事の証だ。
  でなければいくら油断していたとはいえ、相手にナイフを抜かせたりはしなかった。
  しかし男は間合いを計ってはいるが、彼は軍服でカナンは宇宙服を着ている。
  特殊加工の刃物であっても、宇宙服は簡単には切り裂けない。

  優位なのはもちろん、カナンの方だ。

  警備兵用の宇宙服には攻撃ツールが装備されていないが、それでも軍服よりも戦闘には有利だ。
  そんなことは目の前の男にも分かっている筈だが、彼の戦闘意欲は萎える気配がない。

  美しい緑色で作られた瞳を真っ直ぐに見返しながら、カナンは状況を説明しようとした。

「俺に近づくな。それ以上俺に近づけば、殺してやる」

  けれど相手の敵意にまみれた台詞を聞いて、早々にその努力を諦めたくなる。
  しかし最低でも彼の船の通信機能や、救難信号発生装置が生きているかどうかだけは確認したい。
  
「あんた、ここがどこだか分かってるか?」

  カナンの質問に、男は初めて自分がどこにいるのか気付いたのか、片目をカナンから外さないまま、もう一つの目で周囲を確認する。

「俺達はワームホールに飲み込まれた。この星の名前はNonE1-43F。聞いたことあるか?  ないよな。連合の管轄域にはあるが、知的生命体のいない未管理の星だ」

「……それがなんだ?」

「だから、俺達今遭難してるんだよ!  一回、政治的な問題は忘れて協力し合おう!  な!?」
「遭難?  救難信号を出せば近くの加盟星からすぐに救助が来るだろう」
「………」
  
  ああ、質問の仕方を間違えたな、と早々にカナンは悟った。
  昔から頭はそれほど良くはない。
  こういう駆け引きは苦手だ。
  軍事行動中のハンドサインですら、半分も覚えられなかった。
  もっとも頻繁に変更される上に、かなり多くの数があったので覚える気は元々なかったのだが。

「お前の船は、壊れたのか」

  男はにやりと唇を曲げた。
  薄い、ほんの少し色を差しただけのような淡い色の唇は、ひどく楽しそうに歪んでいる。

「あんたの船だって、さっきまで凄い量の煙が出てたけどね」

  それに不安を感じたようだが、すぐに嫌みっぽく男は「通信機能までいかれているとはかぎらない」と口にする。

  そうであって欲しい。

「それなら、試してくれ」
「……」
「俺はあんたに害を与えるつもりはない」
「領界侵犯のくせに、よくそんな白々しい事が言えるな」
「ワームホールの引力に引っ張られた隕石にぶつかって、故障したんだ。その後俺の船もワームホールの引力で制御不可能になった。だから不可抗力だ。もし必要なら、救助された後でうちの上官からおたくの上官に正式に謝罪を入れるよ」

  どうせ辞めるのだから上官の覚えが悪くなっても関係ない。

「それで駄目なら、俺が責任を取って辞める。だから領界侵犯は勘弁して貰いたい」
「随分下手にでるな。お偉いPALの人間にしては珍しいじゃないか?」

  侮辱の籠もったその台詞に口の端が引きつったが、幸いにも遮光加工されたヘルメットのお陰で、相手には何も見えていないだろう。

「この星は元の位置から随分離れてる。あんたらの同盟星もうちの同盟星も連合に加盟している星も近くにはない。だから、早く救難信号を打って貰いたいんだ。下手をすると、救助が来るまで生き続けられない」

  カナンの台詞には沈黙が帰ってきた。
  しばらくして、ようやく男が唇を開く。

「両手を上げたまま、後ろを向け」

  救助用のポッドに銃が積んである可能はある。ましてや向こうは戦闘艇だ。
  軍事用の船には捕虜を捉えたときのための銃が積んである。
  宇宙服や船は進化したが、勿論その分武器も進化している。
  PAL製の宇宙服を突き破ることが可能な小型銃は存在しているし、tazは好戦的なのでPALや他の星との戦闘を見込んで、それが常備されていても不思議ではない。何せ軍服と自決兼敵殺害用のナイフをセットで装備しているような星だ。
  しかしカナンは撃たれる可能性を充分に理解した上で、男の言葉に従う。

「三十歩進め。まっすぐだ。振り返るな」

  今度も従った。
  すると、背後で物音がする。
  救助ポッドを弄っているのだろう。
  しばらくして舌打ちが聞こえた。

「いいか、一歩も動くな。おかしな事はするな。船に近づいたら、殺してやる」

  男はそう言って船に向かった。
  それからずいぶん時間が経った。

  背後での物音に耳を澄ませることに飽いて、カナンが痺れを切らして「おい、taz人」と声を掛けても、返事はない。

  大人しく手を挙げたままなのが馬鹿らしくなり、降ろそうとしたところで足下でピンッと音がした。

  聞き慣れたそれは、銃声だった。

「動くなと言っただろう」
「手が疲れたんだよ。足は動いてないだろう?」
「PALの人間は信用できない。油断を見せればすぐに襲いかかってくるような奴等だからな」
「その意見はそっくりそのまま返すよ」
「何だと?」
「で、通信機能は生きてたのか?」

  先程まで饒舌だった男が黙り込む。
  その沈黙が決して良い意味ではないと、カナンはすぐに悟った。

「今は、辺境の警備兵だけど、俺はPALの軍学校を出てる。壊れているようなら見せて欲しい。直せるかもしれない」

  正直、そっちの授業は真面目に受けなかったので直せる自信は五分もなかったが、僅かでも可能性があるならそれに賭けたい。

「PALの人間をtazの船に乗せろと、言ってるのか?」

  嘲りと怒りを含んだ声に、交渉は苦手なんだ、と再度カナンは胸の裡でぼやく。
  
「切り離せるなら、持ち出してくれ」

  taz製の戦闘艇じゃ無理だろうな、と思いながら妥協案を口にすると、案の定相手は黙り込んでから「それを脱げ」と口にした。

「え?」
「スーツを脱げ。そうしたら入れてやる」
「そっちが銃を降ろしたら、脱いでもいいけど」
「駄目だ」

  考える余地もない、という態度に頭を掻こうとして、手袋をした指がヘルメットにコツコツと当たる。

  学校では心理戦に関する授業も受けたが、いまいち身に付かなかった。
  それでも実技が飛び抜けて優秀だったために、卒業時には成績上位者のみが受けられる白の称号が与えられた。

  もっとも、一度のヘマのせいで今ではただの警備兵だが。

「……分かった。だけどtaz人の誇りにかけて、俺から攻撃しない限り、お前からも攻撃しないと誓え。宇宙服を脱いだ途端に、襲いかからないって」

「PALの人間と約束はしない。お前等は平気でそれをやぶる」

「だったら、どうするんだ?  信号も出せず、偶然どこかの船が通りかかるのを待つのか?  一体、いつまで待つんだ?  そんな日は俺達が死ぬまでに本当に訪れるのか?」

  説得というよりも、それはカナンの不安をそのまま吐露したに過ぎなかったが、背後の男も同じ事を考えていたのか、押し黙る。

「なぁ、救難信号を今すぐ打ったとしても、相当距離があるから信号自体が届くまでにも……」
「そんなことはお前に言われなくても分かってる」

  男の声にはどこか諦めが含まれていた。
  
「分かった。誓う。お前がそれを信じるかどうかは、別だけどな」

  男が銃を下げる気配がした。
  
(信じるしかないんだから、信じるよ)

「じゃあ、脱ぐから、少し動くけど撃つなよ」

  予めそう言って、カナンは宇宙服内のエアーを抜く。
  シューッという音と共に、張っていた服が潰れていく。
  足の下にも入っていたそれが抜けると、身長が一段階縮む。
  まずはヘルメットを取ってから首周りのエアーも抜いて、背中に背負っていた酸素やエネルギー系統の装置ごと、脱皮するように宇宙服を脱いだ。
  宇宙服を脱いだことでまた身長が小さくなる。
  宇宙服を着る際にシューズを履いていたので、見知らぬ植物の上にもそのまま立つ事が出来たのは幸いだった。

  身に纏っているのはうす緑色の制服と、船内用の耐熱加工のシューズだけだ。
  情報の少ない見知らぬ星で、敵対する星の人間の前でその格好でいるのは心許なかったが、しかたない。

「これで満足か?」

  そう言って振り返ると男は一瞬だけ驚きに目を丸くしてから、そんな自分を恥じるように舌打ちすると「ゆっくりこちらに歩いてこい」と偉そうに言った。








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