植民星は、現在でも存在する。
占領下に置かれている星の常として、もちろんそれらの星に暮らす住民は厳しい管理下に置かれている。
taz33星もその中の一つだった。
遡ること約500年前、星々の時間にすればほんの瞬きの間。
PAL側とtaz側の星々の住民が戦争を起こし、その結果、宗主国と従属国の位置関係が決定した。
PAL側はその戦いによって二つの星を失った。その事が、taz側の星々の住民に対する感情の悪化を招いた。
奴隷というよりはまるで家畜のように、taz星人達は扱われた。
taz33星も例外ではなく、PAL12309星の支配下で彼らの労働力として働くことで生きながらえていた。
それが約100年前、人間の時間に換算すれば人が生きて死ぬまでの長さよりすこし長い程度の期間、星間平和維持連合の新しい取り決めにより、一方的な隷属関係を強いる星が加盟星の中にあってはならないという規則が出来た。
そのため連合に加盟していたいくつかの星々は連合を離れ、残りの星々は植民星を解放した。PAL側は後者に当たる。
これによりtaz33星はPAL12309星から解放され、人々は人権を手に入れた。
しかしだからといってそれまでの400年間が双方にとって無かったことになるわけではない。taz33星とPAL12309星はさほど離れていない距離にある。
現在は連合の目が光っていて、加盟している星の間では”私的な”戦争はできないようになっている。
この100年の間、加盟している千を超える星々の中で、潰された星はいくつかあるが、それは連合による制裁の結果であって、どこかの星が勝手に他の星と闘ったわけではない。
そんなことをしたら、勝利した星も連合に潰されてしまう。
だからこそtaz33星とPAL12309星は表面上、仲良くしてきた。
現在は星交もあり、近くの星だからと一部の民間企業同士は協力関係にはあるものの、水面下ではいかに連合の目をくぐり抜けて相手の政府を転覆させるかという事を、両星の首脳陣は寝ても覚めても考えている。
taz側は、家畜のように扱われた祖先の悲しみを水には流せない。
PAL側は、かつての奴隷達が自分達と対等な顔をしているのが許せない。それに500年前に戦争をしかけ、PALの星を植民星にしようと、宣戦布告もなくそこに住む住民諸共星を一つ破壊したしたのはtaz側だ。
炎は見えずとも火種は燻り続け、不気味な音を立てながら燃え上がる瞬間を待っている。
お互いの星にスパイや暗殺者を送り合いながら、首脳陣が笑顔で握手を交わして同じテーブルで同じ物を食べている。そんな関係がずっと続いていた。
ナナはtaz33星に生まれた。
彼はもちろん、彼の両親もその両親もすでに解放された人々であって、奴隷の経験はない。しかしナナは生まれた瞬間から、彼らによってPAL系列の星々に対する憎悪を植え付けられてきた。
植民星時代の話は、事実と誰かの妄想と誇張が複雑に混じり合って、もはや引き剥がすのが困難になっている。
taz側の歴史も、PAL側の歴史もねつ造され、真実はどちらにも残っていない。
「PALの連中は狡賢い。あいつらは嘘を吐く。騙されては絶対にいけない」
両親はよく長男であるナナにそう言っていたが、PAL側の化粧品を母親が愛用しているのは知っていたし、父親が持っている小型船もPAL製だった。
反吐が出るほどPAL系列の星々が嫌いなのに、taz側の人々の多くがかつての宗主星に由来する物に無意識に憧れ、羨んでいた。
それは奴隷時代の劣等感から来るのかもしれない。
尤も、taz側の人々は決してそれを認めようとはしないが。
しかしナナは違った。
両親を含め、ナナは無意識にPAL側に憧れを抱いている連中をいつからか蔑むようになっていた。
そのせいかナナは同級生達のようにPAL系列の星々が作った物を持とうとはしなかったし、進路を選ぶ時には迷いなく星間警備の仕事を選んだ。
星間警備の主な仕事は、PAL側の人間が不用意にtaz系列の星々に近づくのを防ぐ事だ。taz33星の場合、主な対象一番近いPAL12309星になる。
喩え、個人の小型船や民間のシップであっても許可なく領空内に入ったら、容赦はしないと心に決めていた。
ナナが配属を任されたのは、taz33星が保有する植民星の一つ、taz3y3星だった。
植民星の保持は禁止されているが、他星人がいない場合はこの限りではなかった。つまりtaz33星がPAL12301星やPAL12302星を植民星とするのは許されていないが、taz33星がtaz1E星やtaz3y3星を植民星として所有するのは問題ない。
しかしtaz3y3星のすぐ横にはPAL12309星が保有する植民星PALppx星がある。
そのため仕事中にPALの名が刻まれた小型船が視界を掠める事は何度かあった。
もしも少しでも翼の先が領空に掠めようものなら、即座に相手を追撃してやるろうと、ナナは眼をしっかりと開いて狙っていた。
むしろその日を待ち望んですらいた。
ナナにとって、PAL側は憎むべき対象に外ならない。
両親や同級生のように、彼らの物を使う事すら嫌でたまらないほどに。
その仕事について二年目、ようやくその機会が巡ってきた。
エンジントラブルか、それとも故意なのか、PALの紋章が入った小型の警備船が領空内に侵入してきた。
彼は嬉々として操縦桿を握り、迎撃に向かった。
小型船はすぐに領空を出たが、構わなかった。
攻撃の理由には、一瞬でも領空を侵した事実があれば良い。
その事実さえあれば、例え警告なしに相手の船を攻撃したとしても許される。
もしこれでパイロットごと船を破壊できたら、ナナは祖国のヒーローだ。
乗っている船のチェックは勤務が終わる度に行う。
その際にナナは搭載されているミサイルを外しながら、「もう少し待ってろ」と青くペイントされた弾頭を優しく撫でるのが日課だった。
「ようやく、お前を使ってやれる」
しかし早く照準を合わせてやりたくて、不用意にその小型船に近づきすぎた。
その瞬間、アラームが鳴り響く。
この船を支給されてから、聞いたことのないけたたましい警告音に、一瞬殺意が削がれる。
視線をレーダーに向けたが、異常はない。しかし計器類はどれも異様な数値を示していた。理由が分からないまま、目をウィンドウに向けた。
そこには、ぽっかりと穴が空いたように真っ暗な空間が広がっていた。
ぐん、と急に船を引っ張られる。
まるで見えない手で掴まれたように。
「ブラックホール……?」
しかしそれなら予期できるはずだ。
どの星がブラックホールになるかは、数百年前から予想できる。
ブラックホールが生まれるには、いくつかの条件が整わなければならない。
理論上、この付近にそれが発生することはまずありえない。
ナナははっとしてレーダーに視線を移す。
小型船のシグナルは消えていた。
ウィンドウの向こうにも、その姿は確認できない。
窓の向こうに広がるのは、常闇だ。光は一筋もない。
「これは」
一体なんだ、と呟く寸前にナナの船もまた凄まじいスピードでその暗闇に飲み込まれた。
強すぎる引力に、吐き気と目眩を覚えて思考が鈍っていくのを感じた。
対重力訓練で負荷を受けたときよりも、強い。
吐き気は限界まで達していた。いっそ吐けたほうが楽だっただろうが、体にかかる圧力のせいで、それもままならなかった。
目を開くと、今度は闇ではなく目映い光が見える。
何色とも判別ができない虹とミルクを混ぜたような色彩が、網膜を焼く。
「っ」
息が出来ない、苦しい、と思わず喉元に爪を立てたときに自分がワームホールに飲み込まれたのだと、ナナはようやく気付いた。
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