2013/05/01

よなら世界 01



  全てのアラームが鳴っていた。モニタは殆ど真っ赤に染まり、送風口から煙が吹き込んでくる。

「っ、なんでこんな所に空いてるんだよ!」
  
  突如襲ってきた衝撃に、カナンは操縦席から投げ出されたが、そんな事よりも第一モニタに表示される危険信号の方が、問題だった。
  格子状のデッキから即座に立ちあがり、もう一度画面を確認する。
  先程見た映像が嘘であってくれと願っていたが、モニタにはくっきりと進行方向にあるワームホールが映し出されていた。
  
  どうにか進行方向を変えようと、操縦桿に手を伸ばす。
  しかし握った瞬間、再びガツンと船体後方に衝撃を感じた。
  短く悪態を吐いてから、体勢を立て直して操縦桿を右上に向ける。
  左下方のワームホールを回避しようとしたものの、元々故障していた船体は後方からの攻撃に寄って、よりひどい状態になっていた。
  ワームホールの吸引力に逆らえず、どんどん落下していく船体を止める事が不可能だと分かり、すぐに安全プログラムに切り替えた。
  けれども画面にはエラー番号が表示されるだけで、実際にプログラムが実行される気配はない。

  もう一度、先程とは違う悪態を付いて、カナンは今更ながらに母星に救難信号を送った。
  後はもう覚悟を決めるだけだ。
  操縦席に座り、固定用のベルトを着ける。

「できればPAL系列、いや、文明が発達している星の近くならどこでもいい」

  短く息を吐いて、心を落ち着ける。
  突如現れ、突如消えるワームホールはそれ自体がどこに繋がっているか分からない。
  飲み込まれた全ての船が、必ず出口に辿り着けるかどうかも、解明されていない。

  カナンはじわりと汗ばんできた掌を、薄水色の制服で拭う。
  警備兵の中でも、最下層である植民星警備の担当者に賞与される制服は、薄い生地で出来た簡素なものだ。
  つい数ヶ月前まではナショナルカラーの紺色の軍服に身を包んで、要人警護にあたっていた。

「国家憲兵隊にいた頃ならまだしも、今は死ねないよな。警備兵じゃ大した見舞金付かないしな」

  だから頼むぞ、と操縦桿を両手で握りしめながら願う。
  
  安定を失いガタガタと揺れていた船体はワームホールの引力が強くなるにつれ、滑るように滑らかに動いた。

  磁気干渉を受けて、モニタが端々から消えていく。
  けれどカナンが祈るように目を閉じた後で、最後に残ったモニタはもう一の船がワームホールに飲み込まれていく様を捉えていた。




   
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