「いきなりプレゼント選ぶの付き合えとか、先輩横暴ですよね」
俺が先輩を詰ったのは、日曜日の部活の後でバスに乗ってターミナル駅についてからだった。
夕方四時、駅前で先輩が睨んでいるのはスマホの画面だ。
どうやら駅周囲にある店をぐぐっているらしい。
「駅ビルで適当に見ればよくないですか?」
「適当とか言うな。大体、見たって何が流行ってんのかわかんねぇし」
「いや、リサーチして来て下さいよ。その人、何が好きなんですか?」
今日、更衣室でいきなり「女にプレゼントやりたいから、付き合って」と耳打ちされた。
そんな俺達を見て、先輩方は「ホモップルがまたいちゃいちゃしてる」なんてからかって来た。
途中、鬱陶しかったので「西女の子達と今度カラオケって話があるんですけど、先輩達は参加しないんですね」と言ったら、「さぁせんっしたぁ!」と即座に謝られた。
彼らの心を掌握することほど、簡単なことはない。
「なんか駅南の方に女が好きそうな雑貨屋があるみたいだから、そっち行くぞ」
「逆方向じゃないっすか」
「うるせぇな。今日はラーメンでいいから、黙って付き合え」
基本的に、五條さんから飯の話を振ってくるときは奢って貰える。
というか、メンツが俺だけなら9割方奢って貰える。
残り1割は、五條さんが嫌がっているのに俺が無理矢理ラーメン屋に連れこんだ時だ。
だけど、奢って貰えると聞いても、用事が誰かのプレゼント選びでは、気が晴れない。
重い足取りのまま向かった五條さん曰く人気のある雑貨店には、カフェが併設されていた。
一階部分がカフェやキッチン用品を扱っていて、二階は小物が並べられている。少し狭い階段から広めの二階まで、可愛らしいグッズとそれに群がる女の子がぎっしりだ。
「なんか俺達、”場違い”って状況の見本みたいになってませんか?」
「……そんなことは来る前から分かってんだよ」
先輩はそう言うと、所在なさげに店内を見回す。
ベビーグッズからエコバッグ、アクセサリー、バスグッズ、アロマや文具などが綺麗にディスプレイされて並んでる。
「で、何買うんですか?」
「……何がいい?」
「俺に聞かないでくださいよ」
「はあ? お前を連れてきたのはそれを聞くためだろ」
「そうなんですか? てっきり、女子だけの店に入りたくないのかと思ってました」
「……それもある」
先輩はそう言うと、手近にあったアンティーク風の置き時計を手に取った。
「先輩先輩、それ八千円もしますよ」
「ああ、なぁ、これ欲しいと思う?」
「いや、俺はいらないですけど。というか予算いくらなんですか?」
「一万」
「はあ!? 高くないですか?」
「誕生日だから」
そういやこの人の家は金持ちだったな、と思い出す。
「でも、付き合ってもない相手からいきなり一万の誕生日プレゼントとか、重くないですか? 俺なんか月々の小遣いが一万ですよ」
携帯代と、部活や勉強にかかる分は別だが、それ以外は一万以内で賄っている。
母親の治療で金がかかるのは知ってるし、食費は別に貰えるのでそれで不足はない。
しかしときどき、先輩との金銭感覚の違いにもやっとした物を感じる。
「付き合ってもないって何が?」
「え、付き合ってんですか?」
びっくりして問い返すと、先輩は「は?」と言った。
その顔が疑問符をいっぱい浮かべたものだったので、「プレゼントの相手って、女テニの部長じゃないんですか?」と重ねて訊く。
「は!?」
振り向いた五條さんの顔が、真っ赤になっている。
その顔には「なんで俺が女テニの部長が好きだって知ってるんだ? いや、なんで今その話が出てくるんだ? やばい、とりあえず、はやく否定しないと」っていうのが分かり易く書いてある。
「ち、ちげーよ! 馬鹿! 妹のだよ!」
「妹?」
「弟が三千円、俺が七千円で、それで一万! うちは兄弟間でも誕生日は祝う習慣なんだよ! でも弟も俺も中一の女子が好きそうなもの知らないし、だからお前を連れてきたんだって! 」
それを聞いた途端、ほっとして力が抜けた。
先程までの不快感が不思議なほどあっさりと消える。
途端に、プレゼント選びに協力する気になったが、中学生の女の子が欲しがるような物なんて、俺も知らない。
俺が中学のときに付き合っていた相手には、誕生日にネックレスやピアスをあげたが、身内からのプレゼントとなると、そういうものが適切かどうか分からなかった。
俺は一人っ子だし。
「妹さんって、好きな色とかあるんですか?」
「オレンジじゃねえの? スマホもそれだし」
それを聞いて、近くにいた女の子に「すいません、もし暇だったらプレゼント選びのアドバイスもらえないですか?」と声をかける。
視界の端で、五條さんがぎょっとした顔をしたのが見えた。
強面のくせに、人見知りとする五條さんからすれば、こんなことで見知らぬ相手に話しかけるのは、理解できないのかもしれない。
「え?」
「中学生の妹にあげるプレゼントって、何がいいと思う?」
そう訊ねると、女の子は俺と五條さんに視線を向けてから「ちょっとわかんないです」と戸惑い気味の答える。
「じゃあさ、もし自分がこの店の商品でプレゼントを貰うなら、何が欲しい?」
「あー……私だったら……」
他の女の子にも尋ねて、店員にも人気が出ている商品を聞いた。
結果として予算内で候補になったのはオレンジのデジタルトイカメラと、ネイルアートのセット、硝子で出来た木の形のジュエリースタンドだった。
「ネイルが一番喜びそうなんだけど、学校にしていくようじゃ困るしなぁ」
「先輩、なんか父親みたいなこと言ってませんか?」
五條さんは茶化す俺を無視して、三点の間で悩んでいた。
暇なので、テスターの透明感のない紫のネイルを爪に塗る。
塗りやすい親指を両方ともその色にして、先輩の前に「見て見て」と出す。
「くさっ」
途端に五條さんは刺激臭を嫌うように顔を蹙める。
「それどうすんだよ」
「何がですか?」
「お前、落とすの持ってないだろ?」
「爪で擦れば取れるんじゃないですか? 駄目ならカッターで削ります」
先輩は眉根を寄せた後で「スタンドにするわ」と言った。
スタンドの代金は一万円に満たなかったので、先輩は差額でチープだけど可愛いブレスを購入した。
どちらも包装して貰うのを待つ間、暇なので売り物のスツールの座り心地を確かめる。勿論買う気はない。
「でも、お前、いきなり知らない人に声を掛けるとか、凄いな。俺なんか道も聞いたことねぇよ」
「だって中学生の女の子が好きそうなものなんて、知らないですもん。こういうのは携帯で調べるより、実際に訊いた方が早いじゃないですか」
「……お前のそういうところ、純粋に尊敬するわ。……それで、なんで分かったんだよ」
「何がですか?」
「だから……」
「ああ、女テニ?」
「……お前、誰にも言ってないだろうな」
「いや、みんな知ってますけど。五條さん、すげぇ分かり易いから」
俺の言葉に五條さんは固まってから、しゃがみ込んで「マジか」と呟く。
「マジっすね」
「みんなって、誰?」
「一年と、あと多分他の学年も」
「え、相手には?」
「いや、それは知りませんけど」
「あぁ…………マジか」
もう一度、額に手を当てて五條さんが呻る。
しゃがんでいるせいで、スツールに座っている俺よりも視線が低くなった。
「先輩、なんであの人のこと好きなんですか?」
折角なくなっていたもやもやした気持ちがまた芽生えだして、思わずそう問い掛ける。
意図せず否定的な言い方になってしまった。
「ありえねぇぐらいかわいいだろ」
「ありえますよ、ありふれてますよ」
「死ね」
「先輩って、みるからに”清純””ふわふわ”系が好きですよね。首傾げながら”わかんなーい”とか言っちゃう女の子に弱そう」
「……悪いかよ」
「悪くないですけど」
「なんだよ、その言い方」
「……別になんでもないですけど。告白はするんですか?」
「向こうが卒業するまでには、しようと思ってる」
「しないでくださいよ」
無意識にそう口にしていた。
五條さんが、意味を問うように俺を見る。
声に出しても良いような理由は、思いつかなかった。
珍しく口籠もっていると、「ラッピングでお待ちのお客様」とカウンターから声がかかった。
「……呼ばれてますよ」
「ん、ああ」
五條さんは、何か言いたそうにしながらも、店員の方に向かって歩いていく。
一人になってから、項垂れた。
どうしてあんな事を言ってしまったのか、自分でもよく分からなかった。
そもそも反対する理由がない。
敢えて言うなら仲の良い先輩を取られたくないというとこだろうが、随分子供じみている。
そんなことを口にするわけにはいかないから、先輩がラッピングされたプレゼントを持って近づいてくるまで、何かもっともらしい言い訳を考えなければならないのに、普段無駄に回転の良い頭は、今回に限ってろくに動いてくれなかった。