2013/12/06

いはそれが彼女の







  R.Rマキナ社製セックス用アンドロイド・オールラウンド型オリジナル/M・LC−287

  それが俺の正式名称だ。
  十年前に夫を失った大富豪の未亡人に買われ、彼女のために尽くしてきた。
  半年前に彼女が不治の病だと宣告されてからは、より一層奉仕した。

  先月、その彼女が亡くなり、俺は遺産と共に彼女とは不仲だった義理の息子に引き取られたものの、彼は早々に俺を売り払おうとした。

  『役に立たないものを処分して何が悪い。仮にお前が女性体だったとしても、ロボット相手に性欲を満たす気にはならないな。それは負け犬のやることだ』

  彼は、初対面の時に「どうか売らないで。ここにいたいんです」と懇願した俺に、そう吐き捨てた。

  しかし業務用、ペット用アンドロイドとは違い、セックス用アンドロイドはリサイクルが困難だ。
  これが女性型のFならばその手の店に払い下げられるのだが、男性型のMは需用が少ない。どうも女性というのは、他の女性と性的な物を共有することに関して、消極的な生き物のようだ。

  特に俺は夫人の好みにカスタムメイドされているので余計だ。
  俺は彼女が幼い頃、隣に住んでいた初恋の相手の写真を元に作られた。

  だから年齢設定は17歳。金色の巻き毛に、白い肌と細い体、緑の瞳。
  子供らしさを残した容姿は、アンドロイドを購入する富裕層の女性に好まれるとは言い難い。

  人気が高いのは、もっと筋肉質で浅黒い肌のタイプだ。
  現在の売れ筋はラテン系で黒い巻髪のバンデラスC1ー4、次点で売れているのが甘いマスクのルビオFC99だ。

  その上、俺のシリコンゴム製の皮膚には全身に渡って、いくつも深い傷が付いていた。
  熱傷や裂傷によって負ったそれは、査定時に大幅なマイナス要因となる。
  彼女はプライドが高かったが、サディスティックな人間ではなかった。
  この傷を俺に付けはじめたのは、半年前のある出来事がきっかけだった。

  一番最初の傷は、彼女の体調を思い遣ってベッドの誘いを断ったときにつけられた。
  彼女は自分の誘いを断られるのが一番嫌いだ。

『私に恥をかかせたら、必ずお返しをしてあげなきゃね』

  そんな風に微笑んで、ナイフを突き立てられた。
  それ以降は、拒まなくても彼女の気分次第で傷は増えた。

  もちろんシリコンだけ交換することは可能だが、肌の色もカスタムメイドなので替えるとかなり高くつく。
  おまけに股間に装備されているマグナムは、夫人の希望で随分ごつい形をしている。
  それこそ生娘が目にしたら修道院に裸足で逃げ込んで、そのまま純潔を誓いそうな勢いだ。
  マグナムはアタッチメント式ではないから、交換するにもまた金がかかる。

  結局査定価値は二束三文で、リサイクル費用の方がかかると分かった彼女の一人息子は俺を違法投棄しようとした。
  捨てられたのが見つかれば「強制終了処分」になる。

  これは全てのアンドロイドに共通しているが、主人を持たないアンドロイドはメンテナンスを行えないことから、不具合を懸念して危険物扱いされている。
  セックス用アンドロイドの場合、不具合として考えられるのは誰彼構わず襲ってしまう、ってことだろう。もしくは青少年の前で不適切な部位を晒してしまうとか。
  そういえば以前、某上院議員の秘書用アンドロイドが突如人前で、昨夜のプレイについて事細かに語ってしまうという騒動が起きたらしいが、あれは不具合ではなくハッキングの可能性が高い。
  何にせよ、そういう事件がときどきあるので、アンドロイドのメンテと処分に関しては人間は神経質になっている。

  しかし軍用アンドロイドならいざしらず、セックス用アンドロイドは情緒が重用視されるので、俺には感情回路が搭載されていた。
  だから強制終了処分にされることに強い抵抗がある。

  けれど俺の人生の決定権を持っているのは、俺ではなく彼女の息子だ。
  その息子はにべもなく懇願を振り払って「あの女が死ぬときに、機能を停止するようにシステムに組み込むべきだったんだ。どうせ、お前が残っても使い道なんてないんだからな」と馬鹿にしたように嗤った。

  そんなに言うならお前こそ相続放棄すれば良かったんだ、とも思うが、息子は彼女が愛用していた亡き実母の形見の宝飾品を取り返すために、相続放棄は最初から考えていなかったらしい。相続は、一部のみということができない。全部相続するか、何も相続しないかの二択だ。

  恐らく、彼女も息子がそれを目当てに相続放棄をしないことは分かっていたのだろう。  

「まだ、死にたくありません」

  泣きながら命乞いをすると、彼女の息子はますます嫌そうに顔を歪めて「ロボットの涙にどれほどの価値がある?」と吐き捨て、「明日には俺は家に帰る。こっちの屋敷の処分もついたしな。お前は好きにしろ。ただこの家は他の人間の手に渡るから、処分されたくなければそれまでに出て行け」と俺に背を向けて客室のドアに手を掛けた。

「確かに……、俺の涙に価値はないかもしれない。あなたにとっては、私はただの機械で、感情はプログラムに過ぎないのかもしれない。ですが、私は……生きているんです。死にたくないんです。どうかお願いします。何でもします。掃除でも食事の支度でも、なんでもできます。だから傍に置いてください」

「もう話は終わったんだ。そんなに主人が欲しいなら、外に出て適当な女にでも声をかけろ」

  その言葉に俯く。
  確かにそれは方法の一つだが、もしも断られて通報されたら警察に拘束される。身元引受人がいなければ、待っているのはやはり強制終了だ。
  それに警戒すべきは警察だけでない。
  反アンドロイド団体もだ。
  アンドロイドを壊すことを生き甲斐にしている彼らは、所有者がいないアンドロイドを見付けたら嬉々として襲いかかってくるだろう。
  スクラップ業者も、使用済みのアンドロイドの体に興味を持っている。

  もう終わりなのかと思い、俺はそっと涙を拭った。

  その瞬間、俺の中で半年前から眠っていた「自己防衛システム」が静かに起動する。
  オプションでインストールされたそれは、自分の身を守るための強固かつ違法なシステムだ。
  このシステムはあらゆる状況下で、自己防衛のためのアイディアを提供してくれる。
  そして俺はそのシステムの助けを借りて、セックス用アンドロイドとしてのアイディンティティを発揮しつつ、自分の身を守るためのカードを切ることした。



  お陰で、俺はまだ生きている。




  息子?
  今、俺の横で寝てるよ。













「ふ、ざけるな!」

  ベッドの上で裸で縛られている息子、ヴィンセントは目が覚めた途端に、掠れきった声で悪態をつく。

  その顔は、俺なんかよりもずっと女性に好まれそうな精悍さを持っている。
  僅かに生えてきた、モカブラウンの髪より薄い色の髭もセクシーだ。
  唇は整っているものの、下唇には傷痕がある。
  俺ほどではないにしろ、体には他にもいくつか傷がついていた。
  もっとも、それらはそれらで魅力的だ。
  どうも、彼の傷痕は酷く敏感になっているらしく、爪が引っかかるたびに腰が跳ねるのはたまらなかった。
  舌で傷跡を数えてやったら、子供みたいにぶるぶる震えていた。
  もしかしたら彼が震えていたのは、生娘卒倒ものの俺のマグナムのせいかもしれないが。

  見つめていると、暴れていたヴィンセントが芋虫のように床に落ちる。
  これでたぶん十三回目だ。
  縛られているのを分っていながら、暴れて、落下する。

  縛るときにも相当暴れられたので、またシリコンに傷がついたが、どうでもいい。

「朝食にパンケーキと絞り立てのザクロジュースを持ってきたけど、どう?」

  このザクロジュースは夫人のお気に入りでもあった。
  トルコに旅行した際に、彼女は甘いサーレップとさっぱりしたザクロジュースにはまった。
  俺はどちらかというと、サーレップの方が好きだ。
  白く粘ついているところが特に。

「散弾銃をよこせ。命令だ。すぐに取ってこい。繰り返す、これは命令だ」
「だから、軍用アンドロイドじゃないんだから、俺はコマンドを下されても従わないよ?  第一それは昨日俺に突っ込まれてる最中に試しただろ?  忘れちゃった?」
「黙れ!」
「大体主人として認証してないんだから、軍用だったとしても命令は実行されないけどね。電源入れてないのにリモコン押しても、テレビが着かないのと一緒で」

  ヴィンセントは飲まないみたいなので、俺は自分でザクロジュースに口を着ける。
  昨日は散々叫んで喉が渇いているであろうヴィンセントは、恨めしげにこちらを睨み付けた。

「絶対に許さないからな」
「アンドロイド虐待反対」
「虐待はどっちだ……!  お前はこの俺の手で破壊してやる!」

  さすが軍人。
  一晩中休息を与えずにやっても、短い睡眠の後でこれだけ怒鳴る元気があるなんて驚嘆する。

  後妻である夫人に13歳の頃に寝込みを襲われ、嫉妬した父親に全寮制の学校に放り込まれた後、実家に戻りたくない一心で、学費免除の軍人学校に進学。
  その後大統領専用機ハイジャック事件で活躍したのを機に、順調にキャリアアップし、ヴィンセントの現在の肩書きは大佐だ。

  先月まで大統領の護衛を兼ねて、戦地に行っていた。
  現場叩き上げの、実力派エリートの盛り上がった筋肉はとても美しい。
  一晩ではとても満足できないくらいに。

「じゃあ解放してあげない」
「殺す……!」
「まぁ、いいじゃん。体は気持ちよかったみたいだし」

  ぎりぎりと睨み付けられて、彼の鋭利な顔はさらに鋭くなる。
  鋼の肉体を持つヴィンセントは、性的には至ってノーマルだった。
  今までの相手は成人女性に限定され、部下に対してセクハラは一切ない。
  体位も行為も、まったく至って普通で、そのことに不満はなかったようだ。
  それらは昨日ベッドの上で、鳴かせながら訊いた。
  実に勿体ない。
  
「そこまで怒ることないだろ?  確かに半年に一度はメンテが必要だけど、それ以外では俺結構役に立つよ?  夜の相手だけでなく、家事もできるし。こうして爽やかな朝の話し相手にもなる。君が海外出張になったとしても、空き巣の心配もなくなるよ。逆に空き巣を心配してあげた方がいいぐらいには、俺は役に勃つよ」

  まぁ、爽やかどうかは視点によって違うかもしれないけれど。

「好きにほざいてろ。俺が動けるようになったら覚えていろ!」
「……それは遠回しなお誘いなの?  ずっとベッドに縛り付けておいてね、っていう」
「っ!!  近づくな!  ロボット三原則はどうした!  お前らは人間に危害を加えられないはずだろ!?」
「対人戦闘ロボットを使ってる軍人が何言ってんの?  三原則ってSFの話だろ?」
「っ、て」
「いくらセックス用だったとしても、生身の人間が俺達に敵うわけないんだって」
「っやめろ!  大体昨日まではしおらしい態度だったくせに、どうなってるんだ!」

  それはネコを被っていたのと、自己防衛システムのせいだ。
  自己防衛システムは「とりあえず犯して弱みを握れば投棄できなくなるんじゃない?」とアイディアを出してくれた。通常なら、認証してない相手の合意も得ずにことに及ぶのは違法だが、自己防衛システムに入っているパッチが、違法行為も実行できるように俺のメインシステムを一部改変してくれていた。しかし、それはヴィンセントに教えるべきことではない。

「まぁまぁ、そう興奮しないでよ」

  床に落ちたヴィンセントの、縛った手首をつかんで、再びベッドに寝かせる。

「あんまり五月蠅いと、また”サディストモード”に移行するよ」
「!」

  そう言うと、真っ赤に泣き腫らした目で俺を見上げた彼が、子供のようにゆるゆると首を横に振るのを見て、なんだか楽しくなってくる。





「愛してあげるよ、ヴィンセント。君がまた泣いて嫌がるほど、たっぷりと」




  怯える顔を見ながら、せめてもと優しく口付けてやる。
  すぐに舌を噛まれたが、舌は人工筋肉で鰐でもかみ切れるような強度じゃない。
  だから好きにさせてやりながら、剥き出しの肌に触れた。


  人生はまだ始まったばかり。
  これからますます楽しくなりそうだ。


  ヴィンセントが望むと望まざるとに拘わらず、全ては彼女の目論見どうりに。









   
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